川越の寺社
川越喜多院

830(天長7)年、慈覚大師によって創設された無量寿寺が始まりと言われ、1599(慶長4)年に徳川家康の信任を得る天海僧正が住持した後、喜多院と呼ばれるようになりました。現在の建物は、1638(寛永15)年の大火により山門を残しすべての建造物が焼失した後、三代将軍家光公の命によって復興されたものです。江戸城紅葉山の別殿が移築されたほか、慈恵堂、多宝塔、慈眼堂、鐘桜門、仙波東照宮、日枝神社などが相次いで再建され、それぞれが今日文化財として残っています。
川越八幡宮

1028(長元元)年下総国千葉の城主前上総介平忠常謀反を企て、安房、上総、下総の3ヵ国を切従へ破竹の如き勢いにて威を八州に震い大軍を起こして武蔵国に押出せし時、冷泉院判官代甲斐守源頼信(多田満仲の御子源光朝臣の御令弟)1030(長元3)年平忠常追討の倫旨を賜り、当地に於いて必勝祈願をし敵陣に斬り込めば、忠常の陣中麻の如く乱れて3日3夜追討して遺滅せり頼信御神威を感得喜悦して直ちに八幡神社を創祀した。
中院

鎌倉時代の終わり頃、喜多院(北院)、南院とともに、無量寿寺から分かれたとされる天台宗のお寺、中院。喜多院に天海僧正が来往するまでは、この中院のほうが強い勢力を持っていたということです。
三芳野神社

平安初期に創設され、1624(寛永元)年に川越城の鎮守として社殿が造営された三芳野神社。桜並木の参道にある境内には、「川越城七不思議」の碑や、「わらべ唄発祥の地」の碑があります。
氷川神社

川越城の東北にある城の鬼門を守る社。本殿は1842(天保13)年に建てられ、現在は埼玉県指定文化財。本殿は名工が腕をふるった江戸彫りと呼ばれる精緻な彫物が見られます。
蓮馨寺(れんけいじ)

浄土真宗の名刹。本堂には安産・子育ての霊験がある呑龍上人の像が安置されています。また、「なでなでしたところが良くなる」というなで仏”おびんづる様”も参詣者の人気を集めています。





